第四章 さぶさんの「さかなとり」特訓
第四章 さぶさんの「さかなとり」特訓
こうして、さぶさんによる、二匹の仔ぐまの「さかなとり」特訓の日々が始まりました。
さぶさんは、いっけんこわそうなくまさんですが、じつは気の優しいくまなのです。だから、言葉はちょっと乱暴なときもありましたが、その教え方は丁寧で、二匹ができるようになるまで根気よく教えてくれました。
特訓の第一は、「川に入ること」「泳ぐこと」です。これについては、みちのほうは、すでに一度川に入っていることもあり、とってものみこみが早かったのですが、問題はぬりです。
川に入ろうとしておぼれかけたぬりには、すでに「苦手意識」ができてしまっていました。でも、そんなぬりに対しても、さぶさんはやさしく諭すように教えてくれました。
「さぶさん、ぼく、きっとまたおぼれちゃうと思うんだ……」
「おじさんが見ててあげるから、ぜったいでぇじょうぶだ。ぬり、ほら、きてごらん」
「でも……」
「よし、ぬり。こうしよう。まず、四本足でここまで来てみな。ほら、ここなら浅いから、ぜったい大丈夫だ」
「うん……。そこなら大丈夫そう」
そう言って、ぬりは一歩、二歩と歩いて行きました。
ちゃぽん、とかわいい音をたてて、まず右前足から川に入りました。
「うわっ、冷たい」
「うん、ちょっとつめてえかもしれねえな。でもすぐに慣れるから」
「ぬり、頑張れ!」
すでに川のまん中のほうにいるみちも応援します。
「うん、ぼく頑張るよ」
ちゃぽん。再びかわいい音をたてて今度は左前足を入れます。
「よーし。もうちょっとだ」
ぬりは勇気を出して、今度は後ろ足をいっきに入れようとしました。そして……。
ちゃぽん、ちゃぽん。見事に後ろの両足を川のなかに入れました。
「よーし、よくできた。えらいぞ、ぬり。それができればあとは簡単だ」
「ほんと? さぶさん」
「ああ、ほんとうだとも。ここは浅いけど、ほら、川のなかをみてみな。いっぺえさかながいるだろ? これはゆうべぼうやたちが食べた『さけ』だぞ」
「うわあ、ほんとうだ、いっぱいいる。さぶさん、こうやってぼく立ってるだけで、足にあたってくるよ!」
「だろう? そうしたら、こんどはそいつをつかまえることを覚えなきゃな」
この季節、さけやますは卵を産むために、川の下流から上流までずーっと長いみちのりをさかのぼってくるのです。それはそれは気の遠くなるみちのりですから、いま、さぶさんや、みち、ぬりのいるこのあたりに来るまでにはだいぶ弱っています。でも、ずっと川をのぼってくるだけあって、あぶらものって、しかもメスはおなかに卵をもっているので、冬眠を控えたくまたちにとってはそれはそれは栄養満点なのです。
しかも、ここまで来るのに体力を使い切って、すっかり弱り切ったさけやますですから、「こつ」さえ覚えてしまえば、つかまえるのはそんなに難しくはないのですが……。
川のなかを泳ぐさかなのむれに向かって、前足を「えい」っていう感じで出すと、さかなの体に爪がひっかかります。そうしたら、もういっぽうの前足でそれをおさえて、川の中から取り出して、お口にくわえる──これが「こつ」です。
さぶさんの教え方がいいのか、みちの「すじ」がいいのか、みちは、すぐにこの「こつ」をつかんで、よりいっぱいさかながいそうな、川のまん中あたりの少し深いところで、練習しています。
いっぽう、ぬりはまだ泳ぎに自信がないので、浅瀬でさぶさんと特訓です。浅瀬でもさかなはいくらでもいるから充分なのです。
「ぬり、ほうら、こうやって前足で『えいっ』ってやってごらん」
「うん、やってみる。でも、このおさかなさんたち、ずっと泳いできたんだよね。で、へとへとになっているんだよね。なんだか、かわいそうだよね……」
気のやさしいぬりは、つい、さかなの立場になって考えてしまいました。
「ぬり、かわいそうかもしれねえけどな。おれたちくまはこのさかなたちを食べないと冬が越せないんだ。しかも、おれたちくまは、なにもこの川にいるさかな全部食べてしまおうってわけじゃないんだ」
「うーん、でも、ぼくたちのせいでおさかなは死んでしまうわけでしょ?」
「たしかにそうだ。だがな……」
さぶさんはぬりの性格がわかってきたので、いらいらすることなく、ぬりが納得するまで説明することにしました。
「ここにくるさかなたちはほうっておいても体力を使い果たして、オスもメスも死んでしまうんだ。そんでな、さっき言ったように、おれたちは全部食い尽くしてしまうわけではないんだ。だから、おれたちにつかまんなかったさかなは、もうちょと生き延びて、やがて一匹のメスが百匹分くらいのたまごを産むんだ。その卵が春になるとかえって、こんどはこの川をくだっていく。そんで次の秋になると、そいつらが大きくなってまたこの川にもどってくるんだ」
「一匹のさかなさんがひゃ、ひゃ、ひゃっぴき分のたまごを……!? そんなにいっぱいいっぱい産むんなら、さかなさんがやがてこの世の中からいなくなるなんてことはないんだね」
ぬりは、「ひゃっぴき」分の卵と聞いて、ものすごく安心したようでした。
「おう、だからな。ある意味で、おれたちに食べられるさかなは、おれたちへ『どうぞ、食べてください』って言っているのと同じと考えればいいんだ」
「そうか、さぶさん、よくわかったよ。じゃあ、ぼく、もうかわいそうってあんまり思わないでつかまえる練習してみるね」
ようやく納得したぬりはいよいよ「つかまえ練習」に入るのでした。
でも、やっぱり、ぬりは「ぬりらしい」つかまえかたをするのでした。それは、
「さかなさん、さかなさん、もう苦しいですか? あの、あの、もしよかったら、あたくしがあなたをつかまえて食べてもいいですか?」と、となえてから前足を出すと言った具合でした。
それでも、とにかく、ぬりもこうしてさかなとりができるようになったのでした。
こうして、数日間さぶさんの「さかなとり特訓」がつづき、みちもぬりも、自分達だけでさかながとれるまでに成長しました(といっても、ぬりは相変わらず泳ぎが苦手で浅瀬でのさかなとりでしたが……)。そうして、二匹とも冬を越せるだけの栄養をたっぷりとつけることができました。
やがて、川にもさかながのぼってこなくなってきました。
「さぶさん、もうあんまりおさかな来なくなったね」
みちがさぶさんに聞きました。
「そうだな、そろそろ終わりかな」
「終わりって?」
「うん、もうあらかたさかなは来つくしたってことだな」
「うん、ぼくたちももういっぱい食べさせてもらったからね」
ぬりが言いました。
「そうだ。おれたちくまがもう充分ってくらいの気持ちになると、だいたいさかなが来るのも終わりってことになるんだ」
「そうするとどうなるの?」
みちが聞きます。すると、
「くまたちは眠るんだよね、さぶさん」
とぬりが答えました。
「そのとおりだ、ぬり。もう冬がすぐそこに来ている。おれたちは眠らなけりゃならねえ」
三匹がそんな会話をしてから、数日後のことです。
朝方、ちょっといつもより寒いなと思ったみちが、さぶさんのお家の入り口から外を見ると、一面真っ白でした。
「さぶさん、ぬり、ちょっとお外を見て」
まだ、眠っていた二匹のくまにそおっと声をかけて、みちは起こしました。
「ああ、真っ白だ!」
ぬりはぶるぶるふるえながらも、雪景色に感動しました。
さぶさんは、
「いよいよ来やがったな。ぼうやたち、もうこれからは外に出るんじゃねえぞ」
と、ちょっぴり不機嫌そうに言いました。
こうして、くまたちにとっては、ながーいながーい冬がやってきました。
でも、みちとぬりにとって、この冬は、去年の冬とはまるで違う冬でした。なんといっても、さぶさんにいろいろと面倒をみてもらって、栄養もたっぷりつけたのです。去年の、二匹だけの心細い冬とは比べ物になりませんでした。
やがて、雪が毎日毎日降り続き、さぶさんの家の扉がもうなかからは開かなくなるというころ、三匹のくまはふかーいふかーい眠りにつきました。
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