第三章 はじめてのさかなとり
第三章 はじめてのさかなとり
二匹はそろって、かわらのほうまで行ってみました。そして、よくあたりを見ると、何匹ものくまさんが、川のなかにはいっています。
「みちさん、いっぱいぼくたちのなまか(なかま)がいるねぇ」
「そうだね、きっとみんな“さけ”や“ます”をとりにきているんだね」
「うん、みちさん、ぼくたちもとってみようよ」
「そうしよう」
とは言ったものの、二匹とも川のなかに入るのははじめてです。
流れのすぐ脇には行ってみるものの、なかなか水のなかに入れません。
「みちさん、ぼくちょっとこわいや」
「だいじょうぶだよ、ぬり。みたところそんなに深さはなさそうだし」
「うーん……」
「よし、わかった。ぬり、まずぼくがためしてみよう」
みちはそう言うと、思いきって水のなかに入っていきました。
バシャン、バシャン。
「うわーい、ぬり、ちょっと冷たいけど気持ちいいよ」
みちは、“さけ”や“ます”をとる、ということをわすれて、まるで水遊びをしにきたようにおおはしゃぎでした。
「よーし、ぼくも……」
ぬりも思いきって水に入りましたが……。
ツルッ、すってーん、ザバーン。川底の石についていたこけに足をとられてころんでしまいました。
「あーん、みちさん……」
ブクブクブク……。ぬりはそう叫ぶと同時に、おぼれそうになってしまいました。その場所も決して深くはなく、ぬりの背の高さでもじゅうぶんお胸から上の部分は、水の上に出るはずなのですが、困ったことに、ぬりは(この時点では、みちも、でしたが)、泳げなかったのです。というよりも「泳ぐ」ということがどういうことか、まだわからなかったのです。
「ぬり! だいじょうぶ!? いまいくからね!」
さすがに、さきほどぬりが落ち葉に足をとられてころんだときとは違うと思って、みちも必死に、ぬりのところへ駆けつけました。
みちが駆けつけると、ぬりはなんとかうしろ足で立ち上がろうとしていました。みちは、ぬりの前足をつかんで、ぬりが起き上がるのを手伝ってあげました。
ようやくぬりは立ち上がることができました。
「あーん、あーん、みちさん、みちさん……。ぼくもう死んじゃうのかと思った。あーん……」
ぬりはあたりもはばからず大きな声で泣きました。
「ぬり、大丈夫だよ。ほら、ちゃーんと生きているでしょ?」
すこーしぬりが落ち着くのを待って、みちがそう言うと、ようやくぬりは泣き止みました。
「うん。ぼく助かったみたい。みちさん、ありがとう。でも、ぼく、もう川に入るのやめようかな……」
だれでもはじめてのことをしてみたときに、偶然にも「失敗」してしまうと、すっかりやる気がなくなることがあるものです。反対に、「成功」すると、あとはどんどんと上達していくということもあります。
この二匹のくまのばあいは、「川にはじめて入る」ということに対して、ぬりは「失敗」して、みちは「成功」したということになります。
だから、ぬりはすっかり「川に入る」ことが苦手になってしまったのでした。
「うん、ぬり、きっと、すごくこわかったんだね。わかったよ。ぬりはここでしばらく休んでて」
みちは、ぬりの気持ちを思いやって、また川のなかへ入っていきました。
こんどは、みちは遊ぶのをやめて、ほかのくまさんがしているように、じっと川面をみつめてみます。すると、さっきは気がつかなかったのですが、たくさんのおさかなが泳いでいるのが見えました。
「うわーすごい」
思わず、みちは叫んでしまいました。
「どうしたの? みちさん」
ぬりは驚いて聞きました。
「あのね、川のなかにいっぱいおさかなが泳いでいるんだ」
「きっと、それが“さけ”や“ます”なんだね、みちさん」
「うん、きっとそうだと思う。でもどうやってとるんだろう?」
取り方がわからないみちは、あたりのくまさんが取るのをじっと見てみました。
すると、どのくまさんも、しばらく川面を見つめたかと思うと、すばやくお顔と前足を水のなかに入れて、すぐにお口におさかなをくわえて顔を上げています。
「うわー、みんなうまいなぁ。よーし、ぼくもやってみよう」
みちは見よう見まねで挑戦してみました。
まず、じっと川の中を見つめます。さっきと同じようにたくさんのおさかなが泳いでいます。「これならぼくにもできそうだ」みちはたかをくくって、水のなかにお顔と前足を入れてみました。
「えい」
ばしゃばしゃと水をはねあげる音がたちました。
「みちさん、がんばれ!」
ぬりも川岸からおうえんです。しばらくすると、みちのお顔が出てきました。けれど、お口におさかなをくわえていません。
「だめだー。よーしもう一回」
そう言って、また「挑戦」です。けれどもこんどもだめでした。
こうして、みちは四回くらい「挑戦」しましたが、やっぱりだめです。
「むずかしい? みちさん」
ぬりが心配そうに聞きました。
「うーん、むずかしいようには思えないんだけどなぁ……」
川のなかに入るのもはじめてなら、おさかなをとるのもはじめてのくまたちです。無理もありません。けれども、このおさかなをとることができるようにならないと、二匹のくまは「冬」を越すことができないのです。
「なんとか、おさかながとれるようにならないと。でもどうしよう……」
とほうにくれる二匹でした。
そろそろ夕方になろうとしていました。きょうのところはこの近くで眠ればいいとしても、ごはんがありません。二匹としては、「きっといっぱいおさかながとれるはずだから、たべものをもっていく必要はないよね」と考えて、ここへは手ぶらできていたのでした。
「みちさん、おなかがすいてきたね」
「うーん、ちょっとね……」
二匹はものすごく心細くなって、川岸にたたずんでいました。そのときです。
「よう、ぼうやたち、どうしたんだい。そんなところにたたずんじゃって」
みかけはこわそうな大人のくまさんが、みかけとはちがって、やさしく声をかけてきました。
最初は怒られるのかと思ったみちとぬりも、その声に安心して答えました。
「はい、あの、ぼくたち、きょうはじめてこの川にきたんです。それでおさかなをとろうと思ったんですが、なかなかとれなくて……」
「おう、さっき、ぼうやがとろうとしているのをあっちのほうからちょっと見ていたよ。でもなぁ、あれじゃ、さかなはとれねえぞ。そもそも親はどうしたい。お母さんかお父さんにさかなのとりかた教わればいいじゃねえか」
「あのね、ぼくたちお父さんもお母さんもいないんだ」
ぬりが言いました。
「なんだって! ぼうやたちみたところ一歳仔だろ。じゃ、どうやって前の冬は越したっていうんでぃ?」
「あのね、前の冬は穴の中で、ぽっちり残っていたたべものをたべて、それでね、春になってから、いろんな森の動物さんたちにたべもののとりかたを教わったんです。でも、だんだん寒くなってきて、えさが減ってきちゃったんで、どうしようと思っていたら、きつねさんが『くまは川でおさかなをつかまえて、それをたくさんたべて冬の眠りにそなえるんだよ』って教えてくれたんです。それで、川へ行かなきゃって思って、こんどは、とんびさんに……」
ぬりがこれまでのいきさつをいっしょうけんめいに話していると、大人のくまさんは下を向いてしまいました。
「くまさん、どうしたの。ぼくのお話わかりづらかった?」
ぬりが聞くと、大人のくまさんは顔を上げました。するとどうでしょう、そのくまさんは目を真っ赤にして涙を流しているではないですか。
「ばかやろう、ぼうやの話よーくわかるよ。わからないもんか。くーっ、なんてかわいそうなぼうやたちなんだ。するとなんだ? この一年、二匹だけで生きてきたってぇのか……。よくがんばったな。ほんとうによくがんばったな。それじゃさかなのとりかたがわかんねえのも無理ねえやな。よーし、おじさんが教えてやる。ぼうやたちがりっぱにさかなをとれるようになるまでみっちりと教えてやるからな。もう心配いらねえぞ」
「本当に? おじさん」みちはうれしくなって聞き返しました。
「ああ、本当だとも。そのかわり厳しいぞ」
「ぜひお願いします」
みちもぬりも頭を下げました。
「ぼくの名前は『みち』っていいます。こっちは弟の『ぬり』です」
「おう、まだ名前を名乗っていなかったな。おれは『さぶ』っていうんだ。じつは、おれも、かみさんや子どもとはぐれちまってな。ずいぶん前から、こうしてひとりでさかなをとる暮らしをしているんだ。まぁ、おかげで、さかなのことなら知らないことはないかもな」
「あの……、さっそくでなんなのですが……」
「なんでい、ええと、みち?」
「いえ、ぼく、ぬりです」
「そうだったか。それにしても、ぼうやたち双児だから当たり前なんだろうけど、よく似てるな。ははは。で、ぬり、なんでい?」
「じつは、ぼくたち、もうおなかぽこぺこで、ちょっとこれ以上動けそうもないんです」
「そうか、そうか。よーしおじさんがなんかたべさせてやろう。じゃあ特訓はあしたからだ。着いてきな」
二匹は「さぶさん」のあとをとことこと着いていきました。川からすぐのところに大きな洞穴があって、そこが「さぶさん」のお家でした。
「さあさあ、きたねえところだけど、入んな」
二匹はきちんと「おじゃまします」といって中に入りました。
穴の中は広くて、ふかふかの落ち葉が敷き詰められていて快適そうです。そして入り口のわきにおさかなが何匹もおいてありました。
「よし。きょうからここがぼうやたちとおじさんの『合宿所』だ。なんの遠慮もいらねえからな。さあ、まず食事だ。たんと食べるんだぞ」
そういって、さぶさんはそこにあったおさかなを、一匹ずつ、みちとぬりの前に置きました。
「これはな『さけ』といって、こうやって食べるんだ」
さぶさんは、器用に前足とお口をつかって、むしゃむしゃと食べはじめました。
みちとぬりは、さぶさんの食べ方をまねして食べてみました。
とてもさぶさんのように上手には食べられませんでしたが、そのはじめてのたべものの味に、
「みちさん、おいしいね」
「うん、ぬり、おいしいね。こんなにおいしいものがこの世の中にあったなんて……」
と酔いしれるのでした。
二匹がそう言い合うのを、さぶさんは、また涙ぐみながら見ていました。
「よしよし。腹いっぱい食えよ。そんで、よーく寝るんだぞ。あしたからびっちり特訓だからな……」
涙ぐみながら、ひとりごとのようにさぶさんは言いました。
満腹になった二匹は、よほど疲れていたのでしょう、しばらくすると、落ち葉のクッションのうえに横になって、やがて静かに寝息を立てはじめました。
「かわいそうになぁ。これまで、ぐっすりと安眠したこともないんだろうなぁ。でも、いままでほんとうによく頑張ってきたなぁ。おじさんが必ず一人前のくまにしてやるからな……」
さぶさんは二匹の安心しきって寝るさまをみながらつぶやきました。そういいながら、やがて、さぶさんも小さないびきをかきながら寝入ってしまいました。
気がつくと、外はもうすっかり日がくれて、秋の夜空に大きな満月が出ていました。
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